2017年3月17日金曜日

監察官

口の中が苦い。滅菌済みのマウスピースか。
顔の感じではゴーグルをはめられているのか、何も見えない。
ああ、これ、対戦マッチ用の防具か。グラスのシャッターが降りてるのか。
警戒したつもりだったけど、足りなかったのか。意外にも、監察官なのに、思い切った事をされた。
手首、足首、腰は、椅子にベルト?で固定されているのか?
そうか、肘掛け椅子じゃない、車椅子だ。対戦用座式機動装置だ。
足指、足が動かない、どうやら、麻酔の後に、頸椎を破壊されたか、ブロック麻酔でもかけられたらしい。油断したな。
試合に上げて、脅すつもりなのか。
うっかり、動いたから、気付かれたかもしれない、ともかく、時間が惜しい、このまま、加速状態に。
いつものように、心臓の鼓動が止まる。
もう一拍打つ前に、神経バイパスを構築して、この車椅子とのリワイヤリングをしなくては。
腰から下に、網のイメージを送り出すと同時に、肩と背中の神経から、車椅子、いや、マッチ用の座式機動装置か、のコントロール端子を探して、ネットワークの再結線をさせる。その後、あの固定された子らと話をつけて、
出来るか。事前に蒔いたタネが根付いていれば、可能な筈だ。
あのオヤジが、それなりに手続きを踏んでいれば、こっちの網が育った筈。それにしても、あのクソオヤジ
あ、左手には電位が来てるじゃないか、コントロール端子は、もう少し上だろう。
結線が先、他は後回しだ

ああ、気が重いなぁ。
監察官を脅すだけったって、素人をマッチに出すなんてやりすぎだよ。
あれ、あの女、動いたかな?ちゃんと神経ワイヤーしたんだろうな、無抵抗の女を倒すんじゃぁ、気が進まないよ。肢体障害1級でもチャンピオンなんだぜ。
おっと、背中に水かかった?整備士のチャックがスイッチ入れたらしい、いつも通りだ。
『あ、あぁあ』チクショウ、忘れてた、こっちのスイッチ入れないと喋れないか。
トーカーオン、『コッチノ セイビハ スンデルゼ』情けない機械音だが、これがイイ。
『わるいわるい、見ての通り、余計な設定が入っちゃって。すぐ、準備終わらすよ』
(聞こえる?聞こえたら、そのまま、加速して)
うわっ、なんだこの声。あそこの女監察官か?
(あら、あんたも加速したままだったのね。あんた、チャンピオンの子でしょ。よかった。昨日、握手したときに感染させてもらったわ。椅子の端子経由でワイヤーしてるんだけど。理解した?)
感染って何だよ、俺、難病指定も食らってるんだぜ、変な感染症はゴメンだよ。
(ぶつくさ言ってんじゃないの。安心して。物理感染じゃないから。その反応からすると、男爵やオグン、レグバの事は聞いた事、無いんだね?)
何だ、それ、聞いた事ねぇよ。
(なら、あたしのラダ、ロコの馬になりなさい。)
言ってる事がワカンねぇし、俺はチャンピオンなんだ、椅子に括られた監察官に指図される覚えは無ぇよ
(あたしが見えるとこにいるのね。そうか、あんたが相手か。これから、あんたとマッチゲームさせて、怖い目見せて、脅しをかけるつもりなんだろうね、あのクソオヤジは。で、その後は、前の担当者と同じく賄賂で仲良くやろうって腹なんでしょ。
そうはならない。
あたしはマッチに勝つし、あんたらを配下に入れる。ここが好きなら、このまま、マッチに残っても良い、軍警にポストを作っても良い。どうする)
バカ言え、あんたは俺に勝てねぇし、あんたの手下にもならねぇ、大体、軍警に入るってなんだよ。入りたくもねぇし、入れる訳もねぇ。妙な事言ってんじゃねぇよ。第一、あんた、下っ端なんだろう。
ああ、あんたらって言ったか。俺らみんなをどうにかする気か。
(そうなる。機械扱える加速者は歓迎されるよ、新しい部署があるんだ。それにあたしのラダ、ロコに仕えれば、ある程度は神経再結束ができるようになる筈だから、歩くのは無理でも、体の制御も少しはマシになるよ。)
くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ。加速は、体に影響を及ぼせないし、成長した後じゃぁ、神経だって治しようがないんだよ。
(まぁ、そうだろうね、あんたらの知ってる加速なら。神経直すわけなんかじゃないよ。他の細胞も使って神経の代わりにするんだよ。あのクソ親父、あたしに神経ブロック注射させたね。でも、ロコの力で麻酔で眠った神経をバイパスして、動けるんだよ。同じ理屈で、あんたも練習すれば、もっとマシに動けるし、軍警の装備使えば、もっと自由に一人で移動できるようになるよ。)
一人で動ける?
しまった、あいつの口車に乗っちまった。一人でどこ行くんだよ、ああ、チクショウ、でも

対戦相手が誰も知らない新顔というだけで、マッチはいつも通り定刻にに始まった。ように見えた。
いつも通り、収録した試合がスロー再生される。勝者は新顔だった、チャンピオンが負けた。
両者、防具を着て椅子に固定されたまま、カウントが終わった瞬間、チャンピオンの背中側の大きなバネが弾けて、仕掛け一式が撒き散らされる、バネ仕掛けのびっくり箱を超小型にした手のひらサイズの仕掛け12個が、ワイヤーで振り出されて、完全に同期したタイミングで相手を囲んだまま同時に襲い掛かる。仕掛けがそれぞれの方向から歯車を出したタイミングで、新顔の仕掛け、バネが二重になった古典的な尺取虫型の二段飛び出しの一段目が弧を描いて、チャンピオンの仕掛けを順に全部弾いてしまった。一段目が振り切った先から二段目が飛び出して、チャンピオンのクラウン、胸ボタンを弾いて試合終了だ。

あの複雑な仕掛けの軌道をどうやって割り出したんだ。あの監察官も加速者だったのか。面倒な事になったのか?先に、監察官を椅子にくくったまま、引っ込めないと。
『おい、次の用意だ』
『キョウハシマイダヨ、オヤカタ』
『そう、今日の試合は終わりだよ。あんたたちと話したいことがある。』